福岡高等裁判所 昭和48年(う)384号 判決 1974年6月26日
控訴人 被告人
被告人 佐藤忠見 外二名
弁護人 田中義信 外二名
検察官 柴田和徹
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人田中義信(被告人佐藤忠見関係)、同佐山武夫(被告人占部須美関係)、同三橋毅一(被告人加茂栄次関係)が差し出した各控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は検察官柴田和徹が差し出した意見書と題する書面に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対し次のとおり判断する。
以下においては
預金等に係る不当契約の取締に関する法律を本法と、
金融機関に預金等をする者を預金者と、
金融機関に預金等をすることについて、媒介をする者を媒介者と、
預金等に係る不当契約を不当契約と、
それぞれ略称する。
弁護人田中義信の控訴趣意第一点、法令の適用の誤
所論は要するに、原判決は本法二条二項の規定中「媒介する」との行為の概念内容について、自ら預金者に直接働きかける場合ばかりでなく、第三者を介してこれらの行為をさせることも「媒介する」行為に該当するものと解し、被告人佐藤の相被告人占部に対する預金者さがしの依頼の事業をもつて被告人佐藤を媒介者に該当すると認め、かつ被告人佐藤の右媒介行為について、相被告人占部と共謀関係にあつたことが被告人佐藤の罪責を失わしめるものではないと判断しているが、しかし本法二条二項に規定する「特定の第三者」とは、預金者または媒介者と共同正犯、教唆、幇助等の必要的共犯の関係にある者を総称するものと解すべきであるから、特定の第三者の行為が媒介者の媒介行為と共同正犯、教唆、幇助のうち何れかの関係がある場合であつても、右特定の第三者を処罰する規定は設けられていないので、これを処罰することは本法の意図するところではないといわねばならない。従つて本件における被告人佐藤の行為が媒介者占部と必要的共犯の関係にあるとしても、刑法の共犯理論によつて処罰することはできないものと解さなければならない。従つて原判決には判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤りがあり、破棄を免れ難い、というのである。
よつて審案するに、原判決が原判示第一の一の事実において被告人佐藤を本法二条二項に規定する媒介者に該当するものと認定していることは、まさに所論指摘のとおりである。
ところで原判決挙示の関係証拠によれば、被告人佐藤は昭和四二年八月一七日ごろ吉井信用協同組合(以下、信用組合と称する)に赴き、同組合の専務理事安武慎一と面接して、同組合に自己への融資方を申し込み、これに併せて同組合の貸出し資金の確保については然るべき預金を斡旋することを約し、さらに、相被告人占部須美に対し、自己が事業資金とするため信用組合から融資を受けようとしているが、それについては引き当てとなる預金が必要なので、預金者には相応の謝礼をするので然るべき預金を斡旋してくれるよう依頼し、これを了承した同人が、その頃相被告人加茂栄次に働きかけて信用組合に預金することを勧誘し、預金だけしてくれればそれだけで十分であるから、担保には絶対供さないが、佐藤忠見から月一歩五厘の割合による裏金利の支払をする旨を告げ、暗に加茂栄次が預金をしてくれれば、佐藤忠見において、右預金を引き当てとして信用組合から相応額の融資を受けられる趣旨を悟らせたうえ、加茂栄次をして預金することを承諾させ、同月一九日相被告人占部および加茂が相携えて信用組合に赴き、相被告人占部において前記安武慎一に対し、佐藤忠見の依頼を受けて加茂栄次の預命に来た旨を告げ、暗黙のうちに右預金を担保に供しないで被告人佐藤に対する融資を申し込み、既に前叙のように被告人佐藤から預金を担保に供しないで、これを引き当てとして融資を受け度い旨の申込みを受けていたので、これにより既に右預金の趣旨を了知していた安武慎一をして右各申込みを承諾せしめたうえ、加茂栄次名義をもつて信用組合に五〇〇万円を預金し、同日被告人佐藤において同組合から、一、〇〇〇万円の融資を受けた事実が認められるほか、末尾添付の別表(以下別表と称する。)記載のように同月二一日、同月三一日、同年一〇月一六日、同四三年二月二七日の四回に亘つて、その都度略前同様の経過をもつて、被告人佐藤において信用組合を代表する安武慎一に対し融資の申込みをなすとともに預金の斡旋を約し、さらに相被告人占部に前同様の趣旨をもって預金の斡旋を依頼し、これを承諾した同人が、加茂栄次に対し前同様の裏金利を支払う約で前同様の趣旨で信用組合に預金するよう斡旋し、これを了承した同人が相被告人占部と共に同組合に赴いて前同様の趣旨で別表記載のとおり加茂栄次の名義で預金をし、相被告人占部において前同様の趣旨をもつて被告人佐藤への融資を申し込み、安武慎一をしてその旨承諾させ、同組合をして被告人佐藤に対し別表記載のとおり融資をなさしめた事実を認めることができる。
しかして、いわゆる導入屋と称する金融ブローカーが金融機関、預金者および第三者の間に介在し、第三者と結託するなどして、預金者を勧誘してこれに正規の預金利息のほかに裏利、謝礼等の金銭的利益を得させて金融機関に預金させ、これにより金融機関に貸出し資金を獲得させたうえ、金融機関をして右預金を引き当てにして特定の第三者に貸出しをなさしめ、導入屋自身も何等かの利益を得る等の形態をもつて行われる、いわゆる導入預金を禁止する所以のものは、次のような弊害を予防する本法の立法目的にあるものといわねばならない。すなわち、預金者は当該預金によつて金融機関から正規の利息を得、自己の預金債権については確実に返済を受け得る地位にあり、いわば投資に伴う危険を全く負担しない状態でしかも正規の利息のほかに多大の裏金利を得ているのに対し、他方の金融機関は預金者に対しては正規の利息を支払うとともに消費寄託上の返還債務を負う一方、預金を引き当てにして特定の第三者に対し貸し出した債権については、その回収が著しく困難若しくは不能に陥つた場合、その危険ないし不利益は金融機関のみが一手に負担することとなるので、かような金融方法が流布し慣行化されるときは、一方においては金融機関の健全な運営を阻害し、他方においては一般の預金者に不測の損害を与える結果となり、信用制度の公共性を著しく害することとなるので、本法の立法目的はまさしくかような不健全かつ不当な金融方法による侵害から金融機関の健全な運営と一般預金者の利益を擁護防衛することにあるものといわねばならない。
以上のような本法の立法目的に照して、媒介者ならびに特定の第三者の双方について考察すると、まず媒介者についていうならば、媒介者は、預金者に対してはこれに裏金利を得させて金融機関に預金をなさしめ、金融機関に対しては、これに貸し出し資金を獲得させてこれを引き当てに融資先(自己また特定の第三者)に資金の融通をなさしめることの企図をもつて、通例は預金者、金融機関、融資先の中間に介在して、預金者と金融機関との間では預金契約のなかだちを行い、預金者と融資先ならびに金融機関と融資先との間には裏金利の支払い等につきなかだちを行うとともに、融資先に対する融資について契約(不当契約)の一方の当事者となるのを典型とするが、(このうち媒介者自身が資金の融通を受けるときは、預金者と融資先、金融機関と融資先間の不当契約については明白に自己がその一方の当事者となるものであることはいうまでもない。)必ずしもその行為はなかだちに限られるものではなく、これらの斡旋をも含むものというべく、しかも媒介者の行うなかだち、斡旋等は媒介者が自ら直接行う場合に限らず、前記の企図を有する者が第三者に依頼してこれらのなかだちないし斡旋の行為をなさしめ、その行為を通じて間接に自己の企図を実現することも可能であつて、このような場合は、企図を有して依頼する者および依頼に応じて直接行為する者の双方をいずれも媒介者というに妨げないものと解するのが相当であつて、かような媒介者の行うなかだちないし斡旋が媒介行為に該当するものであることはいうまでもない。また特定の第三者についていうならば、特定の第三者とは、預金の受け入れを行う金融機関の役員または職員、預金者および媒介者以外の特定の者であつて、預金者または媒介者が金融機関を相手方として、預金者または媒介者の指定する者に資金の融通をなすべき契約を締結することについて、預金者または媒介者と直接または間接に意思を疎通しないしは合意している者をいうものと解するのを相当とする。
しかして本法において取締りの対象とされている者は、預金者、媒介者および金融機関の役員、職員であつて、特定の第三者は処罰の対象とされていないことはあらためていうまでもないところであるが、しかし特定の第三者と預金者または媒介者との間における前記の意思の疎通ないし合意が、所論の主張するように刑法総則的観点から果して共謀共同理論における共謀と同一視し得るものであるかは疑問というほかはない。
蓋し共謀共同正犯における共謀は、「二人以上の者が特定の犯罪を行うため共同意思の下に一体となつて互に他人の行為を利用し各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議」をいうものであつて(最高裁判所昭和三三年五月二八日大法廷判決、刑集一二巻八号一七一八頁参照)、共謀共同正犯における共謀には共謀者双方に犯罪遂行の企図ないし意図があるのに対し、特定の第三者と媒介者間の意思の疎通ないし合意については、特定の第三者に媒介行為遂行の企図ないし意図を欠くもので(若しこの企図ないし意図があれば、特定の第三者ではなく、媒介者となることは前段説示するところから自ら明かであろう。)、この点は、媒介者が不当契約の一方の当事者である点とともに、両者を区別する決定的要素となるものと解し得るからである。
そこで本件預金に関して被告人佐藤の果した役割が果して媒介者であつたか、或は単なる特定の第三者に止まるものであつたか否かの点について、前記認定の事実を基礎にして考察すると、被告人佐藤は、昭和四二年八月一九日、同月二一日、同月三一日、同年一〇月一六日、同四三年二月二七日にいずれも信用組合から資金の融通を受けた都度、いずれもその二日位前に信用組合を訪れて同組合の代表者安武慎一に対し予め自己への資金の貸し出しを申込むと同時にその引き当てとなる預金を斡旋することを約しており、このことは被告人佐藤において、既に自己が預金の媒介をなす企図のあることを明かにし、かつ媒介行為の一部を実行に移していたものと認め得るところであり、さらに被告人佐藤はその都度相被告人占部に依頼して同人との合意のもとに、同人をして加茂栄次に対し月一歩五厘の割合による裏利息を支払う約で信用組合に対する預金を斡旋させたうえ、さらに同組合の代表者安武慎一に対し右預金債権を担保とすることなく被告人佐藤に資金の融通をなすべきことを申込まさせ、安武慎一をして被告人佐藤の前記申込みおよび相被告人占部の右申込みを承諾させ、これにより同組合との間に不当契約を結んだものと解し得るところであつて、結局被告人佐藤は、預金の媒介を行う企図をもつて自ら媒介行為の一部を実行し、かつ相被告人占部との共謀により同人の実行行為を介して自己の企図した預金の媒介を実現したものであつて、これを前記の意義における特定の第三者の場合と比較すると、自ら媒介の企図を有し、しかも自ら媒介行為の一部を実行し、媒介者占部との間には預金者に裏金利を支払う点に至るまで媒介行為の完全な事前共謀が成立していた点において、明かに異るものというべく、被告人佐藤は本法二条二項に規定する媒介者に該当するものといわざるを得ない。
しかして被告人佐藤と相被告人占部間の前記合意は媒介者相互間における共謀であつて、被告人佐藤が相被告人占部の行つた媒介行為について共同正犯としてその罪を負うのは、蓋し当然のことといわねばならない。
原判決は被告人佐藤を本法の定める媒介者に該当するものと認め、相被告人占部との共謀により同人の行つた媒介行為について共同正犯の成立を肯定し、その罪責を認める判断を示しているのであつて、本法二条二項ならびに刑法六〇条の解釈適用に限りはないといわねばならない。
所論は被告人佐藤を特定の第三者に該当するとし、これを立論の前提として同被告人の罪責を否定しようとするものでその立論の前提に誤りがあるもので、到底採用することはできない。
弁護人田中義信の控訴趣意第二点、事実誤認
所論は要するに、原判決は被告人佐藤に対する有価証券偽造、同行使、詐欺の公訴事実につき、略公訴事実どおりの犯罪事実を認定し、有罪の判決をなしたが、本件手形は振出人である被告人の父佐藤忠士の承諾の下に振出されたものであつて、有価証券を偽造したものではなく、右いずれの犯罪も成立するいわれがないのであるから、原判決には明かに判決に影響を及ぼすべき事実誤認があり破棄を免れ難い、というのである。
よつて審案するに、原判決挙示の関係証拠によると、原判示第二の犯罪事実を十分に肯認し得るところである。しかるに原審証人佐藤忠士は、原判示の約束手形すなわち、額面一二〇〇万円、振出人佐藤忠士、振出地浮羽郡浮羽町大字小塩四六一七、支払期日昭和四三年四月二〇日、支払地福岡県浮羽郡吉井町一、二四九番地、支払場所吉井信用組合、振出日昭和四三年二月二八日、振出人名下に佐千と印刻した印鑑を押捺した約束手形一通(以下、本件手形と称する。)の振出については、予め被告人佐藤に対し包括的に承諾を与えていた旨を供述し、被告人佐藤も原審公判廷において、本件手形の振出については父忠士の承諾を得ていた旨を供述しているが、他方佐藤忠士は検察官の取り調べに対しては本件手形の振出しについて被告人佐藤から承諾を求められたことはなく、同人が勝手に作成したものである旨を述べ、被告人佐藤の実母佐藤千代子の検察官および司法巡査の各取り調べに対する供述は、本件手形に押捺してある振出人名下の印章は同人の実印であるが、同人の知らない間に被告人佐藤が勝手に本件手形に押捺して使用した旨を述べており、被告人もまた検察官および司法警察員の取り調べに対し、本件手形の偽造を自白していたのである。そこでこれら二群の各供述を対比して検討すると、原審公判廷における右各供述は、供述内容が極めて不自然であつてしかも具体性がなく、信憑性は極めて低いものであるのに対し、右各検察官および司法警察員ならびに司法巡査に対する各供述は、いずれも供述内容が極めて自然で、かつ具体的であるうえ、各供述間に矛盾がなく、いずれも高度の信憑性を有するものである。従つて、被告人佐藤および原審証人佐藤忠士の原審公判廷における各供述は到底措信し難く、記録に表れたその他の証拠によつても、原判決の認定事実に疑をいだかしめるものがなく、原判決には事実を誤認した違法はないので、所論は採用し難い。
弁護人佐山武夫の控訴趣意第一点
所論のうち事実誤認をいう点は、要するに、原判決は被告人占部について、相被告人佐藤と共謀のうえ、加茂栄次に裏金利を得させる目的で、吉井信用組合に定期預金をさせ、かつ右預金を担保とすることなく、同組合から相被告人佐藤に対し融資することを承諾させた旨認定しているが、被告人占部が加茂に依頼し、数次に亘つて右組合に定期預金をして貰い、右組合に対し相被告人佐藤への融資を依頼したことは事実であるが、右組合の相被告人佐藤への融資について、被告人占部は、相被告人佐藤が地方切つての素封家で相当の不動産を有し、担保提供に窮するようなことはないことを知悉していたので、組合に対し十分な担保の提供がなされているものと信じていたのであつて、犯意を欠く行為であり、また相被告人佐藤から加茂に対し裏金利が支払われていたことは事実であるが、その額は組合の利息と併せても市井の金利の最低額程度のもので不当に高額ではないので、不当契約の責任を問われる筋合のものではない。原判決には判決に影響を及ぼすべき事実誤認があり破棄を免れ難い、というのである。
よつて審案するに、原判決は、被告人占部が相被告人佐藤の依頼にもとづき同人との共謀をもつて別表記載のとおり、加茂栄次に月一歩五厘の割合による裏金利を得させて信用組合に定期預金をさせ、同組合との間に右預金を引き当てにして、預金債権を担保とすることなく、相被告人佐藤に資金融通の申込をして媒介行為をなし、その旨承諾した組合との間に預金等の不当契約を締結した事実を認定していることは、所論指摘のとおりである。
思うに、預金等の不当契約における媒介行為に該当する場合でも、当該資金の融通について十分な担保が提供されるときは当該契約の違法性を阻却し、また十分な担保を提供している事実がない場合でも、十分な担保が提供されていると媒介者が信じていたときは犯意を阻却し、右いずれの場合においても犯罪は成立しないものと解するのが相当である。
しかるに原判決挙示の関係証拠によると、相被告人佐藤が別表記載のように、同組合から資金の融通を受けるについて、担保物権を設定した形跡は全くなく、また人的保証についてもただ単に形式的に保証人として名を連ねたに過ぎないもので、未だ十分に弁済資力を備えた保証人ということはできないので、十分な担保は提供されていなかつたというほかはない。
ところで、被告人占部は、検察官および司法警察員の取り調べに対し、相被告人佐藤から物的担保も入れ、保証人には同被告人の父佐藤忠士が立つている旨聞いていた旨述べているけれども、被告人占部が本件各媒介行為をなすについて、相被告人佐藤が十分な担保を供しているか否かの点に真実関心をいだいていたのであれば、直接信用組合の業務担当者に問い質すのが簡便で最も確実と考えられるのに、被告人占部は預金を媒介した都度同組合の代表者安武慎一や中野課長と面接しておりながら、担保についてはただの一言も問い質してはいないのであり、そのうえ、被告人占部は、本件が発覚し警察の取り調べを受けそうになるや相被告人佐藤や加茂等と罪責を免れるため工作を協議した事実が認められるので、このような事実を総合すると、被告人占部が、同人の弁解するように、十分な担保が提供されていたと信じていたものとは到底認められないところであつて、犯意を阻却する事由はないものというべく、また相被告人加茂に対し支払れた裏金利は月一歩五厘の割合によるもので、預金等の不当契約を成立せしめるに十分というべく、結局原判決に事実誤認はなく、所論は採用し難い。
弁護人佐山武夫の控訴趣意第二点、量刑不当
所論は、被告人占部に対する原判決の量刑が不当に重いというので、記録を精査し、これに現れた本件犯行の罪質、態様、動機行為の結果、被告人の年令、性格、経歴および環境、犯罪後における被告人の態度、本件犯行の社会的影響など量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察すると、本件は前叙のように、被告人占部が相被告人佐藤から依頼されて五回に亘つて預金等の斡旋を行い不当契約を結んだというもので、本件犯行は主謀者が相被告人佐藤であつたとはいえ、被告人占部は終始中心となつて行動したもので、回数も多く、金額も巨額に上るもので、被告人占部の責任は決して軽いものではない。
被告人には前科はなく、原判決当時において年令既に満六五年に達しており、本件犯行における自己の非を深く内省している等所論が指摘する被告人に有利な情状を斟酌しても、被告人に対する原判決の量刑は相当であつて、不当に重いとは考えられないから、論旨は採用し難い。
弁護人三橋毅一の控訴趣意
所論は要するに、被告人加茂は相被告人占部の依頼を受けて、吉井信用組合に預金をした事実はあるが、同組合を相手方として同組合が右預金債権を担保とすることなしに、相被告人佐藤忠見に融資をなすべきことを約束した事実はなく、被告人加茂は、相被告人占部から佐藤忠見には十分な担保があるので信用組合に協力預金をしてくれと依頼され預金したのであつて、犯意もなく、被告人加茂の預金と同組合の相被告人佐藤に対する融資との間には何等の関係もない。被告人加茂については犯罪は成立しないのであるから、原判決には判決に影響を及ぼすべき事実誤認があるので、破棄を免れ難い、というのである。
よつて審案するに、原判決挙示の関係証拠によると、原判示第一の二の事実を十分に肯認することができる。すなわち、被告人加茂は、別表記載の預金の都度、相被告人占部から相被告人佐藤が吉井信用組合から資金の融通を受けるための預金を依頼されてこれを承諾し、相被告人占部と共に同組合を訪れ、同組合の代表者安武慎一等と面接し、既に預金の趣旨を了解していた同人に対し、相被告人占部から佐藤に頼まれて預金に来た旨を告げると同時に、暗黙のうちに、被告人加茂の預金を引き当てにして、その預金債権を担保に供しないで、相被告人佐藤に対する資金の融通方を申し込み、被告人加茂も別表記載のとおり同組合に預金をなすとともに、暗黙のうちに同様の申し込みをなし、右安武慎一をしてその都度右申し込みを承諾させ、預金等の不当契約をなした事実を肯認し得るところである。
しかして、被告人加茂は警察の取調以来、検察官の取調に対しても、原審公判廷においても、相被告人佐藤が同組合から資金の融資を受けるについては、十分な物的ならびに人的担保が立てられている旨相被告人占部から聞いてその旨信じていた旨述べているところではあるが、記録を調査しても被告人加茂は預金の都度同組合の代表者安武慎一等と面接しながら、佐藤への融資に対する担保については何の一言も問い質した形跡を認めることができないばかりか、却つて本件が発覚し警察から取り調べを受けるようになつた際、相被告人占部や佐藤等と会合して罪責を免がれるための工作を協議した事実が認められるので、これらの徴表事実をかれこれ総合すると、被告人加茂が弁解するように相被告人佐藤が十分な担保を供していたと信じていたとは到底認め難いところであつて、犯意を阻却し得るものではない。原判決には事実誤認はなく、論旨は採用し難い。
よつて本件各控訴は理由がないので、いずれも刑訴法三九六条により棄却することとし、主文のように判決する。
(裁判長裁判官 藤野英一 裁判官 真庭春夫 裁判官 池田憲義)
別表
預金年月日 加茂栄次の預金額 佐藤忠見の融資額
昭和四二年八月一九日 五〇〇万円 一、〇〇〇万円
同年同月二一日 一、〇〇〇万円 六〇〇万円
同年同月三一日 一、〇〇〇万円 一、〇五〇万円
同年一〇月一六日 五〇〇万円 五〇〇万円
同四三年二月二七日 四、五〇〇万円 三、八八〇万円